ダニエルの部屋: ダニエルって? | プロフィール | 作品 | コラム | リンク
2005年05月17日更新
Daniel Küblböck[ダニエル・クーブルブック]
着せ替えダニエル(笑)
実際に着ていた衣装
一次予選
二次予選[1]
二次予選[2]
Papa don't preach
Another Day In Paradise
Unchained Melody
Everytime
Tragedy
99 Luftballons
My Way
Dancing Queen
Night Fever
Pretty Woman
Born To Be Wild
写真撮影

あに山オリジナル衣装
カーミット
学生服
ゆかた[1]
ゆかた[2]
水着
ハイジ
運動会
サラリーマン
サッカー
ピンクハウス
ラフ
* IE for Windows の方、↑これの反応 遅くてごめんなさい。
1985年8月27日 ドイツ Passau[パッサウ] 生まれ
小さい頃に両親の離婚があり、お父さんと暮らしたり、お母さんと暮らしたり、状況が常に不安定だったっぽい。16才の時はEggenfelden[エッゲンフェルデン]の役所の青少年課が保護の必要があると判断したとかで、施設で生活し始め、学校では保父さんを目指して修行中だった。
Deutschland sucht den Superstar
一方で歌を歌うのが好きで、作曲してギター片手に路上ライブをしてたらしく、2002年後半の視聴者投票型オーディション番組「Deutschland sucht den Superstar」に応募。声が変だの、歌が下手だのと非難を浴び、アンチ・ダニエル派も多かったが、主に子供&おばさんに支持されつつ、惜しくも(?)第三位で終わる。ここでダニエルの芸能界入りは果たせないのかと思いきや…。
Dieter Bohlen[ディーター ボーレン] との出会い
セサミストリートのカーミットそのオーディション番組には審査員として、ドイツ版「少し年老いたB'z(^^;」みたいな存在「Modern Talking」の片割れ Dieter Bohlen が参加していた。Dieterは、オーディションで勝ち抜いた10人を集めてプロデュースし、シングル・アルバムを製作したところ大ヒット。ダニエルは Dieterと気があったのか、Dieter のプロデュースで、その後、ソロ活動を始めた。ちなみにダニエルは彼に「(セサミストリート)のカーミットか?」と表現されたため、その後、ファンやアンチファンが、たまにダニエルの象徴としてカーミットを用いるようになった。(※写真の緑色の蛙がカーミット)
ジャングルへ
ドラマやCM、トークショー番組のゲストなど、いろいろこなすが、2003年後半頃には、目立った活動もあまりなく、このまま姿を消すものと心配していたところ、2004年1月9日からTV局RTLの短期の企画物「Ich bin ein Star - Holt mich hier Raus」に参加。オーストラリアのジャングルに、かつて人気のあった有名人達を送り込み、そこでの毎日を放送するという番組で、誰か1人が番組が用意したゲームをクリアしないと、食事にありつけなかったらしい。そのゲームとは、水や昆虫まみれになったり、臭い沼の中で探し物をしたり、ほとんど嫌がらせで、毎日、ゲームに挑戦する人を、視聴者の電話による投票で決められていたため、アンチダニエル派の声援(?)によって、多くのゲームをダニエルがこなす羽目になる(涙)
ボイコット
その企画の関係で、ダニエルの第三弾シングル「The lions sleeps tonight」が発売されるが、一部ダニエルの歌ではなく、番組に参加したメンバーで歌っている曲も収録されていた。プロモーションビデオも、今までと比べると質がレベルダウンしていたため(?)、viva(MTVみたいなチャンネル)では、このプロモの放映が中止されてしまうのだった。それ以来、今のところダニエルの出すシングルのプロモーションビデオは、ボイコットされている模様。
交通事故
なにはともあれ、ジャングル番組のお陰で(?)、ダニエル少し復活。これから、バシバシ活動再開か!?と思っていた矢先、2月24日にトラックと正面衝突を起こす。しかも、ファンクラブ会長の所持している車を一時的に借りて、無免許での運転だった。幸いケガは、潰れた車の席に挟まれ、肩を負傷し手術した程度で済んだものの、芸能活動は今後どうなるのか?今度こそ危うしダニエル、どうするダニエルぅぅっー!
復活
しかし、4月14日に、これまたRTLの企画物「Star Duell」に審査員として参加し、あっさり仕事復帰。なんだかんだと、活動は継続され5月24日にはシングル「Teenage Tears」を久しぶりにまともに発売するものの、事故にあって以来、いろいろ考えたらしい。噂ではこのシングルがあまり売れなかったら、歌手活動は中止するつもりらしい。将来の夢についてインタビューを受けたところ、音楽プロデューサーもいいし、保父さんもいいよね、とのこと。まだ保父さん、目指してたのか、ダニエル!
え"っ、カンヌ!?
なにはともあれ、映画も作っていたらしく、カンヌ映画祭に参考作品として出品。その映画「Daniel, der Zauberer」(最初の題名は「My way」らしい)は2004年8月11日よりドイツやアメリカで上映予定。アメリカで英語と演劇を勉強してきたいと言い出して、役者の道を究める気持ちにもなっているらしい。どういう訳かタイでも、ときどきプロモーション活動してるらしいし、一体この先、どうなることやら。紆余曲折なダニエルの人生、芸能人としてだけでなく、人間として、今後どんな風に成長するのか、楽しみです(^^)
p.s.
著作権の都合で、写真が載せられないので、本人の写真を見たい方はファンクラブサイトのギャラリーなどでご覧ください(^^;
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